三方を低い山に囲まれている鎌倉の中心部、その西側に連なっている山が源氏山と葛原ヶ岡です。
北鎌倉の浄智寺脇から葛原岡・大仏ハイキングコースを通って行くこともできますが、扇ヶ谷にある仮粧坂や佐助ヶ谷の銭洗弁財天宇賀福神社前の坂を上った方が歩きやすく近道です。「神奈川の公園50選」にも選ばれ、源頼朝が鎌倉に幕府を開いて800年を記念した頼朝の銅像がある源氏山公園から尾根伝いに連なっているのが、ここ葛原ヶ岡。
【葛原岡神社(くずはらおかじんじゃ)】があるこの場所は、むかし処刑場があった場所で、後醍醐天皇の忠臣・日野俊基(ひのとしもと)を慰霊するため、明治20年に創建されました。処刑場跡などと聞くとちょっと不気味な気がしますが、今では縁結び恋愛成就の御利益が有名な神社で、一年を通じてカップルの参拝が途切れることがありません。縁結び石のふたつの石をつなぐ赤い糸には「ご縁」を込めた5円玉がびっしりと結びつけられ、その後ろではハート型の絵馬が鈴なりになるほどの人気です。
境内の「こもれび広場」にはベンチと椅子がいくつもあるので、ここでお弁当やお菓子を広げる参拝者もたくさん。有名寺社がたくさんある鎌倉では、ちょっと穴場的な場所ですが、銭洗弁財天宇賀福神社から歩いても近く、じつは鎌倉市民にとっては人気のお花見スポットです。早春には社務所裏に植えられた大木の早咲ザクラがいち早い春を告げ、すぐ隣の源氏山公園にはソメイヨシノが何本も植えられていて、花盛りにはあちこちにレジャーシートが敷かれるほどの人気。鎌倉で花見気分を満喫するのもいいですね。
鎌倉の花散歩といえば、アジサイの季節に訪れる北鎌倉の明月院が人気。そんなアジサイのイメージが色濃いスポットですが、明月院はアジサイ以外の花も楽しめる鎌倉有数の「花の寺」でもあります。春にはボケやハクモクレン、ユキヤナギ、サツキ、ヤマブキ、夏にはハナショウブ、ナツツバキ、イワタバコ、ヤマユリ、フヨウ、秋にはカエデ紅葉やイチョウ黄葉はもちろん、ハギやヒガンバナ、シュウメイギク、キンモクセイ、冬にはロウバイ、スイセン、マンサク、ウメ、クリスマスローズなど、四季を通じて数えきれないほどの花が次々に咲き継いでいきます。
その中でもとくに枝垂れ桜は「見事」のひとこと。アジサイで有名なあの参道の周辺が、春には一面ピンク色に埋め尽くされることは意外にも知られていません。植えられている本数が多いだけでなく、それぞれの枝ぶりや花付きも素晴らしいです。そして春の境内はアジサイの季節からは想像もできないほど静かで、穴場の絶景が心ゆくまで楽しめます。桜は青空の下で見るととくに美しく感じられる花ですが、雨の中で眺めてもまた違う雰囲気が感じられて幻想的ですよ。
鎌倉駅東口から徒歩5分ほど、アクセスの良いお花見スポットのひとつである妙本寺は、駅近とは思えないほど、緑豊かなお寺です。妙本寺は日蓮宗の本山寺院の一つで、「鎌倉殿の13人」でも描かれたように、ここは鎌倉幕府の重鎮で第一代執権北条時政に暗殺された比企一族の館跡に立つ寺。宗祖日蓮聖人の木像を安置する祖師堂は鎌倉有数の巨大な木造建築で、重厚な建物と対比した桜は、一層愛らしく見えてくるから不思議です。
青空の下で眺める桜は境内に春らしい華やかな雰囲気を漂わせますが、ソメイヨシノが散り始めると後を追うように開花する海棠(カイドウ)も鎌倉では負けず劣らず人気があります。そして、カイドウは雨にも靄にも似合う花。鎌倉は海洋性気候のためか、霧やモヤは珍しいのですが、その数少ない機会に恵まれれば忘れられない幽幻な景色が楽しめます。
境内には何本かのカイドウが植えられていますが、祖師堂に向かって右前に植えられた一番大きな木は、かつて鎌倉の寿福寺境内に引っ越してきた詩人・中原中也が、学生時代から付き合いのあった評論家・小林秀雄とともに眺めたという木の3代目。鎌倉文士という言葉があるほど、鎌倉はかつて文学者がたくさん住んでいたため、このような文学者がらみの話題にはこと欠きません。
鎌倉にあって奈良や京都にないものの代表といえば、何といっても海と富士山。その象徴となるような景色があるのが【光明寺(こうみょうじ)】です。
お寺の裏手、小高い丘の中腹にある展望デッキに立つと、境内のサクラを前景にして、鎌倉有数の大きな山門の向こうに相模の海が広がり、その奥に稲村ヶ崎と江の島、背景には残雪の富士山と、見事なパノラマ風景が望めます。この展望風景は「かながわの景勝50選」にも選定されているほどの名景で、一見の価値があります。
境内に戻っても、日頃は大殿(本堂)前の広場一面が埋め尽くされているほどの桜の名所なのですが、現在は修復工事中のため枝打ちされている木も多く、以前のような桜と富士山と海のダイナミックな景色を見られるのは、まだしばらくお預けです。それでも巨大な山門前などには、美しく楽しめる桜が何本もあります。そして、花以外にもこの時期、目の前の材木座海岸からは、ちょうど富士山の上に太陽が沈むダイヤモンド富士が見られる絶好の季節。夕方近くに境内を訪れて、そのまま夕陽を見に海岸へと向かうコースが地元の人のおすすめです。
【光則寺(こうそくじ)】は、妙本寺とともに鎌倉が実質的な発祥の地ともいえる日蓮宗の古刹。裏山には日蓮が佐渡に流罪になった時、弟子の日朗が閉じ込められていたという土牢の跡が残されています。
そんな光則寺の寺庭には、海棠(カイドウ)の木が7本も植えられており、本堂に向かって右側に植えられている古木は、市の天然記念物にも指定されています。カイドウは同じ古都でも、奈良や京都ではほとんど見かけることがありません。しかし鎌倉では人気があり、桜よりこちらの方が好きという市民も結構たくさんいるのです。その昔、楊貴妃がほろ酔いで眠そうにしている姿を見て、皇帝が「海棠の眠り未だ足りず」といったという伝説から、「艶麗」とか「美人の眠り」がカイドウの花言葉になっています。まだ花を咲かせていない蕾の俯き加減の姿にも、独特の魅力がありますよ。
監修 湘南スタイルマガジン
写真・文 原田寛