歴史で訪ねる江の島・鎌倉 vol.2

NHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」の主人公、北条義時公ゆかりの人々の足跡を巡ります

江島神社と北条時政公

北条家といえば、源頼朝が開いた鎌倉幕府の執行政治を行った一族です。源頼朝が征夷大将軍となり、鎌倉幕府は開かれますが、源頼朝から3代で源氏将軍は途絶え、幕府の実権の執行役を北条家が独占していきました。鎌倉幕府の征夷大将軍は9代続き約250年、北条家滅亡までを鎌倉時代と呼びます。
大河ドラマ「鎌倉殿の13人」の主人公で、北条義時が取り上げられました。

江の島は、北条氏と深いかかわりがあります。その内容を紹介していきましょう。

北条義時公の父、北条時政公が北条一族の繁栄を願い、現在の江の島岩屋に参籠しました。
満願の日に弁財天さまが出現し、大願成就を約束した後、大蛇となって海へ去っていってしまいましたが、そこには大蛇の三枚の鱗が残されていました。
その後、時政公はこの三枚の鱗を家紋としたという言い伝えがあります。

社殿の屋根や釣り灯籠など、境内各所で見られる3つの三角形(=三枚の鱗)を海の波で囲んだデザインは、この言い伝えから生まれた江島神社の社紋(神社の紋)です。

▲社紋が描かれた夏の「江の島灯籠」

▲釣り灯籠に見られる江島神社の社紋

満福寺と源義経公

北条義時公の義兄にあたる源義経公は、壇ノ浦の戦いで平家を滅亡させ、凱旋すべく鎌倉へ向かいますが、兄の源頼朝公の許可なく朝廷より官位を得たことなどの理由から怒りを買い、鎌倉に入ることを許されませんでした。

義経公は満福寺を宿所とし、頼朝公の腹心である大江広元公宛に許しを得るため、家臣の武蔵坊弁慶が下書きを行い、書状を認めます。
その書状は「腰越状」として広く知られています。

▲満福寺山門前を江ノ電が往く

▲武蔵坊弁慶が「腰越状」を下書きする様子をかたどった石像

▲堂内の襖にはここから始まる義経公の生涯が描かれています

極楽寺と北条重時公

北条義時公の三男である北条重時公は、兄である鎌倉幕府三代執権、北条泰時公をサポートすることで、政権を揺るぎないものにしました。そして、民をいたわり、信仰心が篤かった重時公は極楽寺を創建し、この地で亡くなりました。
境内に位置する重時公の墓をあしらったトートバックや、北条氏の家紋「三つ鱗」をワンポイントに入れたマスクなどオリジナル商品を授与(販売)しています。

▲茅葺き屋根が印象的な極楽寺山門

▲シックな色合いのトートバッグと、スポーツ用品用のメッシュを裏地に使った快適なマスク

御霊神社と梶原景時公

梶原景時公は北条義時公と並び、鎌倉幕府2代将軍の源頼家公を補佐する13人のひとりに列せられており、東国武士の中でも和歌を詠むなど教養が高く、都の貴族からも「一ノ郎党」と呼ばれ一目おかれていました。
こちらの神社は、その景時公の先祖とされる鎌倉権五郎景正公をお祀りしています。

▲御霊神社の鳥居前を江ノ電が往く

和田塚と和田義盛公

北条義時公や前掲の梶原景時公と同様、源頼家を補佐する13人のひとりに列せられた和田義盛公は、源頼朝公の没後、北条氏と対立する御家人たちが戦で亡くなっていく中で、とうとう1213(建暦3)年、北条義時公と戦うことなります(和田合戦)。
 
この戦いでは和田義盛公が敗北し、多くの武士一族が討ち死にしました。
のちに開削する際に多くの人骨が出土しましたが、これらの人骨が和田一族のものと考え、当地は彼らの供養塚であるとして言い伝えられるようになりました。

残念ながら近年の調査では、安置された五輪塔は別の場所から移動されたものであり、出土した人骨も鎌倉時代以降のもので「和田一族の供養塚」である物証は確認できませんでしたが、今でも地元の方々が和田一族を偲び、大切にご供養されています。

▲彼岸花が和田義盛公を偲ぶように咲いていました

▲和田塚をはじめ、北条義時ゆかりの地には案内板があり、スマートフォンでQRコードを読み取ることで詳しい情報が入手できます

源実朝公と鶴岡八幡宮

鶴岡八幡宮の境内に鎮座する白旗神社には、北条義時公の義兄である鎌倉幕府初代将軍源頼朝公と、次男の3代将軍源実朝公がお祀りされています。
平氏に勝利した頼朝公にあやかった必勝祈願や、和歌に優れた実朝公にあやかった学業成就などの祈願のために参拝者が訪れます。

実朝公は、1219(承久元)年、境内の大石段付近で甥の公暁に暗殺されてしまいますが、この事件に北条義時公が関与したのではないか、という論争が現在でも続いています。

北条家にゆかりのある江の島・鎌倉の地を紹介してきましたが、いかがでしたでしょうか?
1000年以上前の武士たちの栄枯盛衰がのこる地でもあります。歴史に思いをはせながら、そこへ行くとまた違った感覚で楽しめると思います。



【取材・文・写真】岡林 渉
【編集・江の鎌ナビ】

▲源氏の家紋「笹竜胆(ささりんどう)」が随所に輝く白旗神社社殿

▲実朝公が暗殺された日もこのような雪景色だったのでしょうか