春の鶴岡八幡宮の段葛の風景

源氏ゆかりの桜を見に行こう!

古都写真家・原田寛さんおすすめスポット3選

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2022年の大河ドラマ『鎌倉殿の13人』の公開に合わせて、鎌倉在住で古都写真家の原田寛さんに源氏ゆかりの桜スポットをご紹介いただきました。この春は、源氏ゆかりの桜を愛でに、いざ鎌倉へ!

ナビゲーター紹介:古都写真家・原田寛さん

1948年生まれ、鎌倉市在住。鎌倉の歴史と文化、自然の撮影をライフワークとし、‟古都グラファー“の異名を持つ。写真集『鎌倉』、『鎌倉Ⅱ』、『鎌倉長谷寺』、『古都櫻』、写文集に『古都の写し方入門』、『鎌倉の古道と仏像』、『鎌倉の古寺』、『鎌倉花手帳』、『鎌倉のまつり・行事小事典』、『鎌倉謎解き街歩き』など多数。日本写真家協会会員、鎌倉ペンクラブ会員。鎌倉プリンスホテルにて、鎌倉殿の13人にちなんだ写真展を公開予定。

▲古都写真家・原田寛さん

【鶴岡八幡宮】桜に縁どられる、古都の中心的存在

最初にご紹介するのは、鎌倉時代、源氏をはじめ武家の信仰を集め、文化的中心であった【鶴岡八幡宮(つるがおかはちまんぐう)】。源氏の氏神として、源頼義が京都の石清水八幡宮から由比ガ浜に勧請した鶴岡宮を、源頼朝公が現在の地に遷し祀りました。

「頼朝が鎌倉で幕府を開いたのは、先祖ゆかりの土地だから。鶴岡八幡宮はその象徴であり、自身の貴種・嫡流としてのアピールでもありました。頼朝自ら、段葛の工事現場へ出向いたそうですよ」と原田さん。力の入れ具合が感じられますね!

▲参道から臨む舞殿と本殿。鶴岡八幡宮は京都の大内裏を模し、若宮大路は朱雀大路を模してつくられたと言われている

現代でも鎌倉の象徴である鶴岡八幡宮は、鎌倉駅周辺で数多くの桜を一度に眺められる随一の花見スポットでもあります。春になると、段葛や源氏池の周囲が桜色に染まり、一層華やかな雰囲気に包まれます。

▲春の段葛。入口から出口へ向けて道幅が狭くなっているため、遠近法の効果で鶴岡八幡宮の迫力をより強く感じられる

【段葛(だんかずら)】は、頼朝の妻・北条政子の安産祈願を込めた参道。実は、今のような桜並木になったのは大正時代以降で、昔は松の並木だったそう。「土地の景観の特徴なのか、鎌倉に古くからいる人は二言目には“白砂青松”と言いますからね」と原田さん。頼朝や政子が歩いたのは、松の段葛だったかもしれませんね。想像をふくらませながら大鳥居を過ぎれば、右手の源氏池には圧巻の桜雲が待っています。

▲風に舞い、水面に浮かぶ源氏池の花筏(はないかだ)は必見の美しさ

源氏池の上に建つ旗上弁財天神社の社殿裏には、頼朝が安産を願ったという『政子石(姫石)』が設置され、安産や子宝祈願、良縁の密かなパワースポットとして人気なのだとか。お花見にあわせて、お参りしてみるのもいいですね。

▲白旗の並ぶ旗上弁財天神社。源氏の旗上げにちなんで名付けられた

【妙本寺】歴史から消えた悲劇の一族を見守る、桜と海棠

次に向かうのは、鎌倉駅東口から徒歩5分ほど、アクセスの良いお花見スポットのひとつである【妙本寺(みょうほんじ)】。駅近とは思えないほど、緑豊かなお寺です。

▲森の中のような杉木立の参道を進み二天門をくぐると、左手に見える日蓮聖人像。1260年に創建した妙本寺は日蓮宗最古の寺院、開祖は比企能員の末子・比企三郎能本

この地に住んでいたと言われるのが、『鎌倉殿の13人』の中に登場する比企一族。源頼朝・頼家の乳母(めのと)を務め、さらには比企能員の娘・若狭局が頼家の子をもうけ血縁関係を結んだことから、その権力は高まるばかりでした。しかし、政治的な対立の末、比企氏は北条氏に滅ばされます。その菩提を弔うため建立されたのが妙本寺。悲しい歴史から長い時を経て、今では、四季折々の草花に彩られる地元住民の憩いの場所として愛されています。

▲春の妙本寺境内。正面の祖師堂は鎌倉有数の規模を誇る木造建築として、光明寺本堂、建長寺法堂と並び称される。右手奥には比企氏の供養塔、頼家嫡男一幡の袖塚が。ぜひ手を合わせたい

原田さん、妙本寺の見どころは? 「妙本寺もまた、鎌倉の桜の名所。撮影スポットとしても大人気です。特に、桜と海棠(かいどう)のピンクのグラデーションが素晴らしいですよ。常時開門しているので、どの時間帯でも楽しめるのがいいですね」 好きな時に立ち寄れるので、夜桜を見たい人にもおすすめです。

▲昼とは違う表情の夜の妙本寺。持国天(右)と多聞天(左)を安置した弁柄塗りの二天門も一層迫力を増す

【甘縄神明宮】源氏の信仰篤い鎌倉最古の神社と頼朝の思惑

妙本寺から鎌倉駅に戻り、江ノ電長谷駅を降り5分歩けば、長谷の鎮守【甘縄神明宮(あまなわしんめいぐう)】(甘縄神明神社)に到着です。鎌倉最古の神社と言われるその歴史は古く、710年に行基が草創し、由比の長者と呼ばれた豪族、染屋時忠が建立したとのこと。参道・鳥居・石段・拝殿が一直線に並び、桜越しに見る景色はまるで絵葉書のようです。

▲鳥居背後の桜が、由緒ある古社を彩る。目の前には、かつての幹線道路・古東海道が走っていた

▲石段を登れば、山を背負った静謐な空間。この地で千年以上もの時を重ね、数々の歴史を見守ってきた

甘縄神明神社と源氏との縁について、原田さんの解説を聞いてみました。「祖先である源頼義が甘縄神明神社で祈願をし、長男の義家を授かったと伝えられているのですが、関東源氏の基盤を作ったのがまさにこの二人なんです。頼朝がなぜ鎌倉に来たのかと言えば、頼義と義家ゆかりの地であったことが大きい。鎌倉を押さえることによって、他の嫡流を退け、自身の正統性を主張できると考えたんでしょうね。」そう思うと、甘縄神明神社は頼朝の東国進出のきっかけとも言えるかもしれません。「また、義家はよく桜の歌を詠んでおり、頼朝の桜好きはそれに倣ったのかもしれない。頼朝は三浦の三崎に三つの御所をつくり、そのひとつである本瑞寺で観桜の宴を催したと言われています」

今も昔も、春を愛でる気持ちは一緒なんですね。咲き誇り舞う桜を眺めながら、鎌倉で武士の世を形作った頼朝の野望、源氏が辿る数奇な運命に思いを馳せてみるのもいいのではないでしょうか。

▲高台の境内からは、遠く相模湾を見渡す絶景も楽しめる

取材・文 二木薫
写真 原田寛

※掲載情報は2022年3月末時点のものであり、変更になる場合がございます。