「香り」を楽しむ鎌倉

鎌倉と「香り」の深い関係とは

鎌倉ならでは視点で「香り」を検証し、楽しみ方をご紹介します。

「香り」の日本史

今回のおすすめ情報では「香り」の歴史的背景を鎌倉ならではの視点で解説し、実際に「香り」を楽しめる体験会を紹介します。


「お香」の原料となる「伽羅(きゃら)」・「沈香(じんこう)」・「白檀(びゃくだん)」などの「香木(こうぼく)」はもともと日本では産出しないため、すべてインドやベトナムなど諸地方の特産品であり、全て輸入されています。

その「お香」が日本に伝来したのは飛鳥時代に日本へ仏教が伝えられた際です。仏さまのための「供え香(そなえこう)」として仏像や経典とともに初めてもたらもたらされたのではないかと考えられています。

奈良時代になると、唐(中国)から日本に戻る遣唐使船に乗って、鑑真和上は来日しようとするものの嵐に遭い、6度目にようやく来日を果たしました。鑑真和上は香木を単体で焚くのではなく、細かく刻みブレンドしたものを焚く技術を伝えます。

平安時代には仏教の儀式に利用する「供え香」だけではなく、室内や衣服に香りを移すために香木が焚かれるようになりました。そして貴族たちの間ではそれぞれオリジナルでブレンドした香りを競う「薫物合(たきものあわせ)」と呼ばれる遊びが流行しました。
少量の香木をブレンドして利用する技術の発展は、遣唐使が廃止されたり、海外との交易が減少し、香木が入手困難になったことより貴重なものになっていた時代背景もあるでしょう。

しかし、平安時代末期になると武士階級が台頭し、彼らが貴族に代わって政権を握ると「宋」や「元」といった中国の文化を積極に取り入れ交易を拡大するようになり、以前に比べ香木が入手しやすくなったため、一種類ずつ木の香りを聞くことが流行します。
この流行は香りから香木を当てる競技「組香(くみこう)」に発展するきっかけとなりました。

後に銀閣(慈照)寺となる山荘、東山殿を造営した室町幕府8代将軍足利義政の時代になり、東山文化が花開くと「花」や「茶」などと同様に芸道の一つとして「香道」が成立しました。
織田信長は、奈良時代に東大寺の大仏を発願したことで知られる聖武天皇のゆかりの品を集めた正倉院御物の一つで聖武天皇が名付けた「蘭奢待」と呼ばれる有名な香木の一片を切り取り、当時の正親町天皇に献上することで天下に権力を誇示しました。

江戸時代の太平の世になると「香道」は隆盛期を迎え、公家の三條西実隆公を祖とする「御家流」、武家の志野宗信を祖とする「志野流」の家元制度も定められます。そして江戸時代中期には「香道」は、特別な階級だけでなく一般層まで広がり、女性の教養の一つとして学ぶようにまで発展しました。

一方、神奈川県を代表する伝統的工芸品「鎌倉彫」は禅宗寺院の儀式で使用する仏具制作に始まりますが、それらの仏具の中には「香合」と呼ばれる香を入れるための容器がありました。
香合は様々な大きさの例があり、とくに小型の香合は仏前に供える以外に僧侶の携帯用としても使われました。
これらは別名「袖香合」と呼ばれ、江戸時代以降、茶道が盛んになると茶事を行う際に焚くための香を入れる容器として制作されるようになりました。

なお、これらの鎌倉彫香合作品は、鎌倉彫資料館の常設展でご覧いただけます。

▲江戸時代に作られた鎌倉彫の香合 ©️鎌倉彫資料館

「香り」と仏教の深い関係

我々の生活の中で「香り」が仏教と深い関係にあることがわかることに「香典」や「お焼香」などの習慣があります。

「香典」は、正しくは「香奠」と書き、「香」は「香(線香)」、「奠」は「お供えする」と言う意味で、仏前に香を供えることでした。現在では「香」の代わりに現金を包むようになりました。 
 
そして「お焼香」の習慣は、白檀(びゃくだん)などの香木の産地であるインドで仏教が布教される前から部屋の匂い消しとして香が用いられてきたことに始まります。
仏教では「香り」が仏の食べ物であるとされ、亡くなった方と仏さまに食事を楽しんでもらい、仏への敬意を表し、亡くなった方を極楽浄土へ導き、あの世での幸せを祈るという意味があります。
また、現実的な問題として、インドは酷暑であることから、体臭や遺体の腐敗臭を抑える臭い消しとして香が焚かれるようになったと言う側面もあります。

お釈迦様も布教活動をする際、聴衆の体臭を和らげるために香を焚いたとも言われており、「香り」と「仏教」の密接な関係は現実的なニーズからも必要不可欠だったようですね。

「香り」を体験する

鎌倉で「香り」を楽しむことができる「体験会」を紹介します。

⚫︎「ご焼香作り体験会」(毎月16日 @明王院)
十二所の「明王院」で毎月16日の歓喜天さまのご縁日に併せて開催される体験会です。
現在では葬儀や法要に行く際は現金を包んだ「香典」を持参したり、用意された「ご焼香」を使用しますが、もともと「お焼香」を各自で持参するものでした。
この体験会では説明を伺いながら自分の好みにブレンドした「マイご焼香」が完成したあと、歓喜天さまの法要で実際にご焼香をお供えすることができます。

法要や葬儀の際、もともと用意された「お焼香」ではなく、オリジナルの「マイお焼香」の香りが堂内に拡がると、背中を向けて読経されているお坊さまも、「お主、できるな」と一目置かれるそうですよ。

▲明王院では香炭を火で焚いて香りを聞くことができます。

⚫︎「香りのお守り作り体験会」毎月28日 @明王院【事前予約制】
お不動さまのご縁日に併せて開催される白檀をなどの香原料を聴き比べ、お好みの香原料をブレンドして巾着袋に入れたあと、ご本尊の不動明王さまの前でお勤めを行い、仏様のお力を込め「お守り」としてお授けいただく体験会です。

▲お寺ならではの雰囲気だけでも癒されます。

▲数多くの香原料たち

⚫︎「香木(伽羅・沈香・白檀)の香りの体験会」
毎週土曜日 11:00~ @鬼頭天薫堂2Fワークショップスペース【事前予約制】
鎌倉駅を降り、連日多くの人が行き交う小町通りを奥へ進んだ一角に、落ち着いた佇まいから通りに良い香りが漂う鬼頭天薫堂があります。
南方から輸入された伽羅(きゃら)・沈香(じんこう)・白檀(びゃくだん)など大変貴重で高価で取引されている香木を中心に聞き比べる体験会です。

⚫︎「白檀の香りと匂い袋作り体験会」
毎週土曜日14:00〜 @鬼頭天薫堂2F ワークショップスペース 【事前予約制】
「香り」の基礎知識のお話を伺い、インドやインドネシア産の白檀の香りを電子香炉で聞いた後、白檀などの香原料をブレンドしたオリジナルの匂い袋を制作する体験会です。


他にもいくつかの体験会が開催されていますので詳細は鬼頭天薫堂のホームページをご覧ください。

▲「香り」の基礎を学ぶ

▲色とりどりの「巾着」をチョイス

⚫︎「観蓮会」2023年7月29(土)〜30日(日)@光明寺 【事前予約制】
 
海辺まですぐの材木座に位置する光明寺では、境内を彩る春の桜のシーズンに「観桜会」、夏の蓮のシーズンには「観蓮会」が催され、特別公演や「香木とお香の香りを楽しむひと時」と銘打った(聞香体験)が開催されます。

今夏の「観蓮会」の詳細は光明寺公式ホームページで順次発表されますのでご確認ください。

▲目で可憐に咲く蓮を楽しみ、鼻で香木「香り」を楽しむ機会です。

「香り」を持ち帰る

明王院ではご住職がチョイスされた香木を使用したご焼香「五大明王香」を御本尊の不動明王さまの前でしっかりお勤めした上で、仏様のお力を込めてお授けしています。


▲明王院オリジナルブレンドのご焼香

鬼頭天薫堂では色々な「香り」を楽しむ商品が販売されています。
特に可愛らしい季節を感じるデザインでパッケージされた商品は自宅用にもお土産用にもオススメです。

▲「あじさい」など季節に合わせた可愛らしいりデザインに迷う、色々なお香たち

▲お線香や香り袋

鎌倉と「香り」が仏教という架け橋によって深い関係にあることをお分かりいただけましたでしょうか。

頭の中で理解していただいた後は、実際に「香り」を楽しむために鎌倉を訪れてみませんか。



【取材・文】岡林 渉