鎌倉の四季をまとう

江ノ電バスと江ノ電に乗って「究極の作務衣」「ボタニカルダイ」のルーツを訪ねる

鎌倉には110近い寺院があると言われていますが、その境内では毎年花々が咲き、葉は色づき、そして散るという営みが途切れる事なく続いています。そして、鎌倉の寺院で散り役目が終わった植物を染料にして、鎌倉のまちに還元する取り組みを、鎌倉の企業が始めました。

寺院でお勤めをされている僧侶が着る「作務衣(さむえ)」と、花殻や落葉を利用した「ボタニカルダイ」を開発された、メーカーズシャツ鎌倉株式会社、宮﨑賢一 新規事業開発室室長にお話を伺い、併せてこれらの商品のルーツになった寺院をご紹介します。

「究極の作務衣」の誕生

【ライター】
鎌倉に本社を構えるメーカーズシャツ鎌倉さんが、鎌倉の企業ならではの商品開発をされているようですが、どのようなことをされているのかお教えください。

【宮﨑室長】
3年前に新型コロナ感染症によるロックダウンによって全22店舗が営業できなくなりました。元々鎌倉に住み、当時は都内に住居を構えていた弊社の副社長が、何も手の打ちようがない中で、鎌倉へ出かけたところ、人影こそまばらでしたが、海や山、街がとても綺麗な本来の鎌倉の姿を改めてしみじみと体感したそうです。
奇しくもコロナ禍があったからこそ感じられた鎌倉が持つ魅力を感じ、我々はやはり、「鎌倉」という名前がついた会社であるので、鎌倉で考え、鎌倉で発信し、ひいては鎌倉の力にならないといけない会社であることをそこで思ったようですね。


【ライター】
最近、以前に増して鎌倉人気にあやかり、「鎌倉」という文字を入れるお店や商品を見かけるようになった気がしますね。


【宮﨑室長】
やはりそれが一番そもそものきっかけです。それまでは、我々の会社は鎌倉で創業した後、横浜ランドマークに出店、大阪・福岡・上海・ニューヨークへ出展と、ずっと外に目を向けていたのです。いざ地元に目を向けようと思ったときに何もしてなかったわけではないのですが、何かネットワークがあるわけでもない。気づくのが遅かったかもしれないですけど、改めて鎌倉に目を向け直そう、っていうところですね。
何をしようかな、という時に知人を通して浄智寺のご住職の朝比奈惠温さんをご紹介いただき、ご挨拶伺いました。

寺院の数がコンビニエンスストアより圧倒的に多い鎌倉で、僧侶の方々が日常着ている作務衣を作ってるところがないので、全て作ってくれないか、というお話をいただいたのがそもそもの発端です。
当然、洋服を扱い、海外にも出店していたので和服の商品開発をやろうと思わなかった訳でもなかったのですが、ふたつ返事で「作らせてもらいます!」とお答えし、早速サンプルをお借りしました。それが作務衣を製作するきっかけです。

▲「究極の作務衣」を着用される浄智寺 朝比奈惠温住職 ©️メーカーズシャツ鎌倉

【ライター】
商品開発はどのように行われたのですか。

【宮﨑室長】
まず初めに鎌倉市内をはじめとした寺院の住職の方々へ、サンプルを送付しました。コメントと併せて送り返していただき、コメントの箇所を修正するして再送するという作業を幾度となく行い、ようやく2021年の10月にデニム素材で作った作務衣がデビューすることになりました。

【ライター】
なるほど。なぜデニム素材で作務衣を作ったのですか。

【宮﨑室長】
作務衣は当然ながら作務をするための丈夫であり、作業着でもあるから、肌触りが良すぎる生地だったり、あまりにも通気性が良い生地では、耐久性がどうしてもネックになってきます。そこで、シャツやパンツ、ジャケットの生地として取り扱っている我々が得意なデニム素材を選びました。我々が日常で使う作務衣とは比較にならないくらいお寺の方は着用されていて、良い色合いに落ちて味が出てきます。「育てながら着る」という感じで色落ちを楽しまれているようです。

【ライター】
我々がGパンの色落ちを楽しみ、ビンテージのGパン価値を見出すのと似ていますね。貴社のブログで「鎌倉作務衣の日」を制定したとの記事を拝見しました。

【宮﨑室長】
はい。「さ(3)む(6)え=作務衣」ということで社団法人 日本記念日協会に認定いただき、今年は関係者と市民の方々を迎え、記念日制定のイベントも開催しました。

▲メーカーズシャツ鎌倉 宮﨑賢一 新規開発室室長

「ボタニカルダイ」の誕生

【ライター】
貴社のホームページ(https://shop.shirt.co.jp/shop/)
を拝見すると「地域との繋がり(Local)」「自然物への感謝(Nature)」「環境への配慮(Ecology)」をテーマとした様々な取り組みや製品作りを行なっています、とありますが、これは具体的的にどのような事なのでしょうか。

【宮﨑室長】
「ボタニカルダイ」という商品の開発がまさに3つの要素を表現しています。
この商品は社内から生まれたもので、布地の仕入れなどを行う担当者が昨今話題2030年までに持続可能でよりよい世界を目指す国際目標(SDGs)達成に向けた活動や、物価の高騰によって今まで通りのコストで安定した供給を確保することが困難になるのではないか、という意識がありました。
そのような中で化学染料だけに頼るのではなく、どうにかして自分たちで作り出すことができないかっていう自問自答から始まりました。
植物から染料を抽出する技術をお持ちの研究所さんにコンタクトを取ったところ、日本古来の草木染めとは異なる、DNAレベルでアプローチする染料の抽出方法の特許をお持ちということで手を組ませていただく事になり、最初は長谷寺さんでカエデの落葉を採取したのがスタートです。
きっかけは危機管理から発案されたっていうところですかね。コロナ禍の中から生まれた作務衣もそうですが、ピンチをチャンスに変えることができました。

▲長谷寺にある百日紅の花殻から採取した染料を使って作成した色見本

【ライター】
原価を如何にコントロールし、原材料を如何に安定供給にすべきか、という企業にとっての命題を解決させることがきっかけで生まれたと言う方が、善意で如何に地球に貢献できるかという使命感で始めました、というよりもリアル感があるし、継続性があると思います。
コロナ禍によって多くの犠牲が払われましたが、ネガティブ的に考えるだけでなくそのような中でも何か生まれるものがないかを思考する機会だったのかもしれませんね。

【宮﨑室長】
化学染料では化学物質を使って色を安定させ、水を使う量も多くなってしまうのですが天然の素材由来の染料だと安定しているので、水を使う量も最小限に抑えられ、結果、地球にやさしくエコロジーに繋がります。
商品をご覧になるとお分かりいだだけると思いますが、天然の柔らかい色なので目の反射角が柔らかくなり、バチっとこないんですよね。ナチュラルなので植物とか自然のものが普段自分が見てるものと同じ色合いだから違和感がないかもしれません。


【ライター】
この自然由来の染料を使って、どういう形で色を抽出するのでしょうか。

【宮﨑室長】
全て試験を行った結果です。DNAなので、この花が生まれ持った色が全部出るんですよ。イメージ通りの色もありますが濃淡があったり、植物によっては50ぐらいの色があり、絵の具のパレットのようです。
例えばメンズシャツを作るから、桜の場合はそれほど強い色じゃない方が良いのでこの色にするとか、だいたい採取した1年後に商品として販売するので桜は春物として出す商品の染料になりますし、紅葉であれば、少し渋めな色にしよう、とか決めていきます。
植物だけではなく、鎌倉野菜の剪定されたものなどいろいろな素材で試験を行っていますが、全て処分するもの、とか役目を終えて廃棄してしまう物から抽出することにこだわっています。
我々のこの取り組みを、知っていただいた方が何か色を出して欲しいっていうお問い合わせがあり、中にはその染料の抽出ために作物を栽培しようとお考えのケースもありますが、それでは本末転倒になってしまいます。

鎌倉の方々がどのような商品なら喜んでいただけるかな、紫陽花は6月だからお出かけのシーズンなのでワンピースがいいかなとか、販売するタイミングから逆算して、この時期にはこうだよねとか、これと一緒に出したらいいかもねとか、ていうような感じで想像して楽しみながら色や商品を作っています。



【ライター】
ボタニカルダイは販売されて何年になられましたか。

【宮﨑室長】
2021年から販売しています。


採取した3年前で、まさにもうコロナ禍真っ最中ということでお寺の境内には参拝されている方もほとんどいらっしゃらず、一体これからどうなるのだろうか、という思いでした。

▲紅葉で美しい長谷寺境内でカエデの落ち葉を採取しました ©️メーカーズシャツ鎌倉

【ライター】
今後の展望としてどのようなことをお考えでしょうか。

【宮﨑室長】
「ネイチャーリユースプロジェクト」という名前で2022年12月に、建長寺さんのカエデの落ち葉を採取するイベントを実施しました。
そうしたところ、すごい反響があり、一般の方も含めて80人ぐらい、
集まっていただきました。
それらの取り組みを通じてもっと鎌倉市民ひいては鎌倉市に、より何か還元できることはないかな、と考えました。
昨年、鎌倉市立の小・中学校の新1年生の入学をお祝いするハンカチ2400枚を寄贈しました。今度は鎌倉市立の小学校6年生を対象としてボタニカルダイを体感してもらうために小学校の校庭に咲いた桜の花殻をみんなで採取し、その染料素材を使用して作られたハンカチを卒業記念として、1200人にプレゼントします。

来年は中学校、再来年は高校、大学と範囲を広げて、3年後は鎌倉の卒業式に桜のハンカチで満開にしたいなっていう、そういうプロジェクトもあります。
社会貢献というと聞こえがいいですが、鎌倉市民の方々の力ををお借りて、鎌倉市に貢献したいという本当に変わった会社なんですよ。

【ライター】
やはり、そこまでできるのは地元の会社さんだからこそできるのですね。そして鎌倉市内だけでなく都内にもオフィスがあり、鎌倉を客観的に外からも眺められ、鎌倉の魅力と問題点を検証することもできることも大切なポイントなのかもしれませんね。


【宮﨑室長】
店舗も日本国内をはじめ、海外にもありまた違う角度から鎌倉を見つめ直すこともできます。
そのネットワークを使い、各地で抱える問題や意見を聞きながらボタニカルダイで地方創生のようなことができればなお良いのかも知れません。


次のフェーズとして鎌倉で培ったノウハウを外へ提案できるよう動き始めているところです。


我々は企業のため、鎌倉のために何ができるか思考していく中で、たまたま「作務衣」や「ボタニカルダイ」といった商品になりましたが、今後もニーズをキャッチアップして、鎌倉をはじめとした各地で活動を増やして行きたいと思います。


【ライター】
今回、鎌倉の名前を冠し、鎌倉に本拠を持つ企業としての責任や想いを「地域との繋がり(Local)」「自然物への感謝(Nature)」「環境への配慮(Ecology)」というテーマで具現化していく貴社の取り組みを詳しく伺い「目から鱗」でした。どうもありがとうございました。

▲建長寺にてスタッフが紫陽花の剪定作業を行ないました ©️メーカーズシャツ鎌倉

「究極の作務衣」プロジェクトのルーツ「浄智寺」

「究極の作務衣」を開発するきっかけとなった朝比奈惠温住職がいらっしゃる浄智寺は、鎌倉五山第四位の名刹です。
JR横須賀線北鎌倉駅から徒歩6分、もしくはJR鎌倉駅・大船駅から江ノ電バス「明月院」下車、徒歩2分の場所に位置しています。
 
例年だと4月上旬には「かながわの名木100選」 の桜の一種「タチヒガン」や、三国志に登場する名軍師の諸葛孔明 (しょかつこうめい)が出陣先で兵士の食糧となるよう栽培したことから「「諸葛菜(ショカッサイ)」と名付けられた紫色の花が春の境内を彩ります。

桜の開花シーズンを終えると、次には境内には明るい日陰の湿り気のある場所に多く自生してする「著莪(シャガ)」が所狭しと咲きます。
花のディテールを細かく見ると白鷺のような華麗な姿でついつい見惚れてしまいます。

▲特徴的な唐門が印象的な境内

▲桜の開花シーズンを終えた後の境内各所に咲く「著莪(シャガ)」

桜・牡丹・紫陽花染料のルーツ「建長寺」

建長寺はJR横須賀線の鎌倉駅、北鎌倉駅、大船駅から「建長寺」バス停下車、徒歩ですぐの場所に位置しています。
日本最古の本格的な禅宗寺院として鎌倉五山一位の大寺院です。

例年3月末〜4月上旬には、総門から参道の桜のアーチを進むと現れる三門は極楽浄土の入り口のように我々を迎えてくれます。

桜が出番を終えた後、しばらくすると参道脇はボタンの華麗な花々が咲きます。

ボタニカルダイはこちらで散った桜の花殻と、牡丹の花や、6月に境内各所で咲く紫陽花の花を剪定し、染色素材として利用しています。

▲紫陽花の剪定のようす ©️メーカーズシャツ鎌倉

▲三門を包み込むように咲く桜は息を飲むような美しさです

▲三門前で華麗に咲く牡丹

紅葉・百日紅染料のルーツ「長谷寺」

鎌倉の大寺院の一つ、長谷寺は江ノ電で長谷駅から徒歩5分の場所に位置しています。三十三観音霊場4番札所の寺院で、古来より十一面観音さまが、篤く信仰されており、紫陽花をはじめ、四季を通じて境内を数多くの花が彩ります。

長谷寺では、夏の百日紅と、秋の銀杏、カエデの落ち葉を採取してボタニカルダイの染料素材として採取しました。

▲長谷寺で採取したカエデの落ち葉 ©️メーカーズシャツ鎌倉

秋は境内全体が鮮やかな紅葉に包まれます ©️長谷寺

▲夏の青空に差し色のように咲く百日紅の花

▲春の桜も見逃せません ©️長谷寺

【取材・文:岡林 渉 】