じっくり炒めたタマネギと素材から溶け出した甘みやうまみ、ほのかに感じる赤ワインの酸味。まろやかで豊かなコクが広がる欧風カレーは本格的でいて、そして懐かしさがある。
「うちのカレーは煮込み料理。4日間煮込んで寝かせて…を繰り返して作ります。家庭では味わえないけれど、どこかほっとする。そんなカレーをめざしています」 と、店主の引地恵一さん。引地さんは、カレー通で知らない人はいない東京・吉祥寺のカレーの名店 「まめ蔵」で修業した経験を持つ。この味を鎌倉に伝えようと2008年、長谷に【woof curry】をオープンした。
スパイス感は豊かでも、辛さはマイルド。肉と野菜、茹で卵がのったスペシャルカレー。写真のチキンのほか、ポークやビーフも選べる
「まめ蔵の味を守る、という思いを軸に始めたので変えたのはスパイス感を少し弱めたことぐらい。鎌倉という土地柄、家族連れが多いので、こどもも食べられて大人も満足するカレーが作りたかったんです。でも結局はこどもの目線に合わせるより、ちょっと背伸びして食べるような大人のカレーがいいんじゃないかと」
そうして、ほんの小さなマイナーチェンジを重ねて進化しながら今の味にたどり着く。
かつて本格的に音楽活動をしていたという店主の引地さん。その日の気分に合わせてセレクトするBGMのファンも多い
「まめ蔵よりおいしいと言われるようになることが、修業した店への恩返しだと思っています」
オープンした頃の長谷はまだ周辺に店が少なく、静かな町だったという。それから十数年、人気店となった【woof curry】を追いかけるかのように続々と店がオープン。すっかりにぎやかな街へと変化したが、引地さんのスタイルはなにも変わらない。
「カレーにもスパイスカレーブームが来たり、 流行や人の流れが変わるたび本当はグラグラ揺さぶられているんです(笑)。変えるのは簡単。でも、ずっと通ってくださるお客様がいらっしゃる以上、ブレるわけにいかない。続けるほど店が強くなっている感覚はあるので、これからも変わらずに続けていきたいですね」
吹き抜けのある2階建ての空間はカフェのようにくつろげる。ハンドドリップで淹れるコーヒーを食後に飲みながら、のんびり過ごしても◎
鎌倉で5年続く店は3割とも言われる中、なにがあっても5年はやると決めていた。無事に5周年を迎えたとき、自分へのごほうびに購入したのがイラストレーター・波多野光さんの作品だ。
「入口の正面、ドアを開けるとまず目に留まる場所に飾ってます。絵の凛とした佇まいから、〝素敵な時間を過ごしてください〟というメッセージを僕なりに届けているつもりです」
いつも変わらずに、同じ場所、同じ味で迎えてくれる。そんな安心感も、カレーをおいしくしているスパイスのひとつなのかもしれない。
波多野光さんのアート作品。この絵を見るために来る人もいるとか