桜前線に背中を押されたら、江ノ電に揺られて春の“食”さんぽへ。藤沢の五感で遊べるカフェから、境川の「名前のない名所」でひと息、本格讃岐うどんや踏切脇のチーズケーキ、古民家のスパイス店、長谷の古着と街の洋食まで——話題のニューフェイスと老舗を、乗り降りしながら欲ばりに味わう一日。
窓の外を流れる春色の景色に、ふと降りたくなる駅がある。江ノ電の“寄り道”は、桜のトンネルを歩く時間も、街の音に耳を澄ますカフェも、どれも旅のごちそうです。地元に愛される名店をつないで、気分のままに乗って降りて、食べて笑って、自分の時間を大切に過ごして。今年の春は、"えのかま"でとっておきの一日を。
旅のはじまりは藤沢から。今日は“観光”というより、自分の時間を取り戻す散歩だから、まずは気持ちのいい場所で朝食を。藤沢駅から歩いて4分の【THE REF.(ザ レフ)】は、レコードとコーヒーと花が並ぶ、五感のスイッチが入るカフェです。
店主の荒瀬さんは、都内の老舗クラブとスピーカーメーカーに勤務した経歴を持つ音響のプロフェッショナル。同じクラブで照明に携わっていた奥様と共にレコード+コーヒー+花を楽しめるカフェとして、2024年7月にオープンしました。
店の顔となっているのは、荒瀬さんが世界中のプロが信頼を寄せると評するフィンランドのオーディオブランド「ジェネレック」の同軸モデルスピーカー”The One(ジ ワン)”。 選りすぐりのヴィンテージレコード約2,500枚をすべてこの音響で試聴できるカフェは、世界中見回しても珍しいそうです。
音楽と共に味わう荒瀬さんこだわりのスペシャルティコーヒーやヴィーガンスイーツ、クラフトビールやナチュラルワインなど、ここでしか体感できない刺激的な出会いが待っています。
▲中央にオーダーメイドのステンレス製DJブースを設えた店内。席間を広く取ることで子連れでもゆったりと過ごすことができるよう配慮されています
▲常連にも人気の「ホットドッグ」と、シングルオリジン深煎りコーヒー。ジューシーな粗挽きソーセージを、ふんわりとしたソフトフランスパンでサンド。ピリッと辛いサルサソースとハラペーニョがアクセントになり、食欲をそそります。ボリュームたっぷりのサイズ感で、お腹も心も大満足の「ホットドッグ」は、ハンドドリップコーヒーと共にテイクアウトも可能
▲様々なアーティストの作品展示や子ども向けワークショップなども定期的に開催。「REF」の名は「Reference(基準)」という言葉に由来し、この空間でのつながりや発見、出会いがその方の人生のこれからの’’基準’’になってほしいという願いを反映しているそうです
コーヒーの余韻を連れて、少しだけ外へ。藤沢の中心に近いのに、観光ガイドにはあまり載らない桜の道があります。【奥田公園】の脇を流れる境川沿いの遊歩道は、“何かをしなくてもいい”春がそのまま残る場所。春になると、川に沿って連なる桜が、静かに、しかし確かにこの街の季節を塗り替えていきます。
この散歩道の魅力は、「特別じゃない」こと。名所のように人が押し寄せるわけでも、屋台が並ぶわけでもありません。あるのは、川の流れと、犬を連れて歩く人、保育園帰りの親子、ジョギングをする地元の人たち。そんな日常の風景に、桜だけが少しだけ非日常を重ねてくれます。
奥田公園の横から境川沿いへ足を向けると、視界の高さに桜の枝が広がります。見上げるというより、並んで歩く感覚。花は主張しすぎず、川面に映る淡い色が、歩く速度を自然と落とします。風が吹くたびに、はらはらと舞う花びらが水面に落ち、流れに乗ってゆっくりと下っていく。その様子を追いかけるだけで、時間が少し緩むのを感じます。
ベンチに腰を下ろせば、聞こえてくるのは車の音よりも、鳥の声と水音。藤沢の中心に近い場所とは思えないほど、穏やかな空気が流れています。お弁当を広げる人もいれば、ただスマートフォンを置いて空を見上げている人もいる。桜の下で何かを「する」必要はなく、ただ「いる」だけで成立する場所です。
由比ヶ浜や江の島のような開放感とは違い、ここにあるのは生活に根ざした春。毎年変わらず咲き、変わらず散っていくからこそ、「今年もこの季節が来た」と実感させてくれます。観光ではなく、暮らしの中で味わう桜。その距離感が、この散歩道を特別な存在にしています。
えのかまエリアの春は、海や寺社だけではありません。奥田公園横、境川の桜の散歩道は、藤沢の日常そのものが、そっと季節のハイライトになる場所。派手さはなくても、心に残る。そんな春の一コマを探しているなら、ぜひ一度、歩いてみてください。
歩いて、眺めて、少しお腹が空いてくる頃。午後も寄り道が続くから、ここでお腹もちゃんと整えておきましょう。藤沢駅南口から徒歩5分、鵠沼橘通りの雑居ビル2Fにある本格的な讃岐うどん専門店。手軽な一品料理や魚料理も豊富で、夜は居酒屋としても賑わう世代を問わずローカルに人気の店です。
出汁は瀬戸内産のいりこをはじめ、利尻昆布や5種の節を使い丁寧に引いた無添加にこだわり、香川の製麺所に特注するしっかりとコシのあるのど越しの良い麺とも相性抜群。うどんの美味しさはもちろんのこと、とろろ昆布、鶏かしわ天、牛肉などなど、選べるトッピングの豊富さに加え、麺の量を無料で選べるのも嬉しいサービスです。
▲しっかりとしたコシとツヤのあるなめらかな喉越しのうどんに、すっきりとした後味ながら深みのある出汁、旬の野菜たっぷりのかき揚げと、これ一品で大満足の「湘南野菜のかき揚げうどん」。ご飯ものも食べたい方はランチタイム限定で「カツオ節半熟卵飯」や「漬け魚のそぼろ飯」「カレー丼」などプラス料金で追加できます
▲手軽なおつまみも豊富な中で子どもも大人も大好きな一番人気は「うどん出汁の竜田揚げ」。ニンニクもショウガも使わず、出汁に一晩漬け込んだ逸品
▲店内のあちこちに店主の音楽好きが伺えるディスプレイが。BGMはロック、ジャズ、邦楽と年代もジャンルも様々。家族連れも多いため、上質な音響の大きなスピーカーからはドラえもんのアニメが流れることも!
江ノ電に乗る前に、甘いものを一つだけ。江ノ電「柳小路駅」から徒歩1分、踏切そばにある【bonbonbons.(ボンボンボン)】は、テイクアウト専門のスイーツショップ。
メイン商品は素材の味わいを大切にしたチーズケーキで、店内カウンターには定番から季節限定のチーズスイーツや日替わりで手軽なサイズの焼き菓子が並びます。
お店のこだわりは、1組ずつの入店でお客様とゆっくり対話しながら選んでいただくこと。チーズケーキはオーダー後、目の前でバーナーで表面を炙りカリカリの状態に仕上げるスタイルで提供。ブラウンシュガーをキャラメリゼした甘く香ばしい香りが広がり、期待感が膨らみます。
▲江ノ電とスイーツを一緒に撮影できる“映えスポット”としても人気です。周辺は住宅街でお散歩がてら無添加無着色のスイーツをワンちゃん用に購入していく常連さんも多いそう
▲オーダー後に目の前でバーナーで表面を炙りカリカリの状態に仕上げるスタイルで提供してくれます。表面は香ばしく中はとろ〜り
▲レシピは門外不出。パティシエ特製のチーズケーキは冷凍、半解凍、冷蔵とそれぞれの段階で食感の違いを楽しむことができます。パティシエのおすすめは15〜20分ほど常温で解凍した状態。写真左から、ほんのり抹茶のほろ苦さとクリームチーズのまろやかなコクが調和した「抹茶」、チーズそのものの味わいと香りを堪能できる「プレーン」、やさしい甘さの中に、ほんのりビターな香ばしさが広がる「ビターキャラメル」
甘い余韻の次は、香りの寄り道へ。極楽寺の古民家に入ると、空気がふっと異国に変わる。【アナン】は、人生の“美味しい”がもう一段広がる、スパイスの入口です。玄関の引き戸を開けると、異国情緒溢れる空間に多彩な商品が整然と並びます。
「スパイスは、それがあることによって料理の形や味わいを様々に変化させ、主役を引き立てる名脇役」と話すのは、インド人の父と日本人の母のもと鎌倉で生まれ育ったメタ・バラッツさん。
パラッツさんが世界各地から厳選したスパイスをはじめ、自社ブレンドのオジシナルスパイスやカレーパウダー、豆やインディカ米、スパイスティーなど一つひとつ手に取ってみたくなる魅力的なものばかりです。スパイスをもっと身近に暮らしに取り入れてほしい、鎌倉で代々受け継がれるアナンのスパイス愛をぜひ体感してみて!
▲鎌倉らしい自然に囲まれた築100年を超えるアナン。全国からスパイスを購入に訪れる人やワークショップに参加する常連など、日々多くの人が訪れます
▲絵本のようで誰かにプレゼントしたくなるキュートなパッケージデザインも魅力のブック型スパイスキット。「バターチキンカレー」や「スープカレー」「チキンビリヤニ」などなど、専門店の味わいが自宅で手軽に楽しめます
午後の後半は、静かな場所で心を整えたくなるころ。江ノ電「極楽寺駅」からほど近い高台に佇む【成就院(じょうじゅいん)】の桜は、華やかに主張するというより、歩幅にそっと寄り添うように咲きます。桜越しに由比ヶ浜へひらく景色は、この日の“深呼吸”担当。
観光地・鎌倉の中でも、成就院の桜はどこか控えめ。華やかに主張するというより、訪れる人の歩幅にそっと寄り添うように咲き、季節の移ろいを静かに伝えてくれます。
山門へと続く石段を上るにつれ、視界にふわりと差し込む淡い花影。見上げれば枝越しに空があり、足元には古都らしい石の質感が残ります。ここでは立ち止まること自体が自然で、写真を撮るよりも、しばらく黙って眺めていたくなる空気があります。
境内から少し視線を外すと、相模湾の気配が遠くに感じられるのも成就院ならでは。山と海が近い「えのかま」の地形を、桜というフィルター越しに実感できる瞬間です。観光客で賑わう中心部とは異なり、とても静か。風に揺れる花びらの音すら聞こえてきそうな、鎌倉の素顔に触れられます。
成就院を後にしたら、そのまま坂を下って由比ヶ浜へ。数十分の距離で、空気は一気に開け、視界には水平線が広がります。春の由比ヶ浜は、夏ほどの喧騒はなく、砂浜を歩く人もまばら。コートを羽織り、波音をBGMにゆっくり歩く時間が心地よい季節です。
振り返れば、さきほどまでいた山の気配。前を向けば、どこまでも続く海。成就院の桜と由比ヶ浜を一続きで味わうことで、「えのかま」の魅力――日常と非日常、静と動が自然につながっていること――がくっきりと浮かび上がります。
派手な名所巡りではなく、季節の輪郭をなぞるような春の散歩。成就院の桜で心を整え、由比ヶ浜で深呼吸する。そんな一日が、きっと記憶に残る鎌倉の春になるはずです。
長谷に着いたら、駅前で“宝探し”を。江ノ電「長谷駅」改札を出て徒歩0分の建物の2階にある古着店【SEGAL(シーガル)鎌倉】で一点モノを見つけたら、今日の思い出が形になって残るはず。装いの変わるころに、きっとあなたに似合うものに出会える時間に。
年に数回アメリカ現地で直接買い付けるレギュラーからヴィンテージまで幅広く揃い、リーバイスをはじめ良質なデニムやワークウエア系などすべて素材感、縫製などコンディションの良いものだけを選りすぐったラインナップが魅力です。
主力は、リーバイス、ラルフローレン、パタゴニア、L.Lビーン、エディバウアーを中心としたブランドなど。希少な一点もののヴィンテージアイテムを含む1920年代〜2000年代に製造された飽きのこない普遍的なデザイン、長年作り続けるブランドの定番商品も豊富です。
▲ヴィンテージの古着に合わせ、店内で使用している什器、ディスプレイも1910年代〜1930年代のアンティークで統一。品数は豊富なものの、倉庫の空間を活かした洗練された雰囲気の中、ゆったりと過ごせるよう工夫されています
▲1987年製「リーバイス501」をはじめ、シーガルの原点であり象徴と言えるデッドストックが豊富に揃うのもこの店ならでは。生まれ年に製造されたものを探し求めて来る人もいるそうです。棚の上は、1950年にリーバイスで使用していたデニム生地にペイントを施した当時の広告ポスター。キズやカスレもなく当時の状態で現存しているのはかなり貴重だそう
▲カテゴリーやカラーごとに見やすく整然と陳列され、訪れた人が自分好みの欲しいものが探しやすいよう店主の細やかな配慮も感じられるディスプレイ。9割以上がメンズですが、ジャストサイズで着られるものを揃えているので、お気に入りのデザインに出会えたら、女性はややオーバーサイズでもぜひトライしてみて!
締めくくりは、気取らず、でもちゃんと美味しい場所がいい。長谷の大仏通り沿いに生まれた【洋食ボンベック】は、正統派の“街の洋食”で、散歩の終わりをやさしく受け止めてくれます。
関西出身の店主の吉谷さんは、これまでフレンチや都内のイタリアンなどで腕を磨いた料理人としての経歴に加え、湘南では知る人ぞ知る人気店「G☆P COFFEE ROASTER ENOSHIMA」の元店長も務めていた人物。一念発起して独立し、長年の夢だった洋食店を開きました。
関西には洋食店が多く「子どもの頃、母に連れて行ってもらった神戸の洋食屋の味に近づけたい」「日本のカルチャーである洋食を形あるものとして次世代へ繋げていきたい」そんな熱い思いを秘めて日々キッチンに立っています。
▲大きくカットした豚ロースに、鰹節を忍ばせほのかに和を感じる特製の衣を纏わせデミグラスソースをたっぷりかけた「ポークデミカツ」。ボンベックの顔となるデミグラスソースは、フレンチで学んだ技術を活かし、フォンドボーを基本に日本人の好みに合うようアレンジ。苦味を抑え、コクと旨味を出しマイルドに仕立てています。関西の洋食店では主流という「お味噌汁」付きの定食スタイルも嬉しい
▲仕上げにバーナーで焼き色をつけ、チーズの香ばしい香りにワインもすすむ逸品「チキンドリア」。低温調理した茹で鶏を使い、その茹で汁と白ワインを使ったホワイトソースをベースに、トマトソースではなく敢えてケチャップソースを使うことで、昔ながらの味わいに仕立てています。他にも「ハンバーグと海老フライ」や「ポークチャップ」などなど、手間ひまを感じる奥深い味わいながら、どこか懐かしくホッとする洋食メニューが揃います
▲昔の洋食屋や喫茶店をイメージし、アンティークの家具や雑貨を使用。ほっとするような空間でゆっくり食事時間を楽しんでほしいという思いが込められています
▲長谷駅から大仏へと向かう道沿いの右手のビル2階。一年を通して多くの人が行き交う鎌倉有数の観光スポットで、この素朴な看板が美味しい目印です!
どこかで予定を詰め込みすぎた春よりも、ふと立ち止まれる春がいちばん記憶に残る気がします。
このコースは、急がないためのルート。気になるお店で少し長居してもいいし、桜の下で遠回りしてもいい。
江ノ電の窓の外が春色になったら、藤沢から長谷へ。“寄り道”をしに行きましょう。